今回も子育てについてのブログになります。
「理想ともいえる千住家の養育」についてお話しします。
日本画家の千住博氏、作曲家の千住明氏、バイオリニストの千住真理子氏という三人の一流のアーティストを育てた千住文子氏の子育ては理想ともいえる子どもとの関わりかと思います。詳細は、彼女の書かれた「千住家の教育白書」を読まれることをお勧めしますが、どのように素晴らしいか、少し、ご紹介したいと思います。
ここには、芸術家を育てるためのエッセンスが描かれています。
博君六歳、明君三歳、真理子さん一歳半の時の文子さんのエピソードです。
「割れたガラスには、青や赤の絵の具が塗られている。私が描いたのだ。六歳に満たない三人の子どもたちが、さっそく真似をして、ガラス窓や壁、襖に夢を描く。これがおとぎの国のような我が家、千住家」という文章から、子どもの関わりが述べられます。
母親とともに、家じゅうに子供たちが、いろいろの夢を描ける家というのは素晴らしい。そして、以下のように遊びと躾の様子が続きます。
「メガホンをもって家じゅうをかけまわっている。メガホンは画用紙をクルクルとまいたもので、クレヨンでユニークな模様が描かれたものである。
『みんなー聞こえますか。聞こえたらお返事をしてください。』
六歳に近いヒロシは打てば響くように応える。
『ハイ、ボクーーチロチ、トートッテモヨクキコエマシタ』(中略)
すると
『ハイ。キコエマシター』と三歳の明のハスキーな声が聞こえる。
一歳半のマリコは、みんなに合わせて口をパクパク動かしている。(中略)
幼い三人が嬉しそうに私の方を見る。少し得意になって、メガホンで続けて話す。
『それでは、お手てをよーく洗ってください。もうすぐ御飯ですよ』
と叫ぶや否や、私メガホンを投げ捨てて、洗面所に素早く走る。(中略)
『はい、石鹸屋さんですよ。手ぬぐい屋さんもいますよ』
走ってきた三人は六本の手を水道の下に出す。いずれも小さな紅葉のようだ。(中略)
次に私が変身するのはコックである。パンの袋を帽子のように頭にのせてメガホンを持つ。
『おりこうさんはテーブルに着きましょう。御馳走屋さんが待っていますよー』
手を洗い終えた三人組がやってきた。
『ハラペコリンリン、ハラペコリン』とヒロシが歌う。アキラは『ペコリンペコリン』、マリコは低くつぶやくように『ペコペコー』とニコニコしながら歌う。
『おいしい、おいしい、ニンジンバター焼き、お肉のスープ、卵のクルクル、サラダパン、ヨーグルト、クダモノいかが？』
私が歌うと、いつものようにどれにしようかと目を輝かせ、ナイフ、フォーク、スプーンのどれかを選び、静かになる。
このエピソードからは、文子氏が、子どもと楽しみながら、家じゅうに絵を描いていたことがわかります。そして、子どもと楽しく、遊ぶ、それも三人をしっかりと見詰めながら、皆が楽しくあるように工夫されている。遊び心に溢れ、歌に溢れ、それでいて、しっかりと手洗などの躾がなされている。それも楽しい雰囲気の中で…。夏の星の下では、子ども三人にいろいろの物語を作ってお話もされたようです。
また、こんなエピソードもあります。長男の博君はクレヨンを持つようになると、活発に創作(？)を始めたそうです。襖と言わず、壁と言わず、柱にいたるまで、博君は絵を描いたそうです。
文子さんも「これでいいのだろうか」と迷って夫に相談されたそうです。すると、夫は、「恐るべき集中力を持っている。放っておこう」といわれたので、文子さんはケジメをどのあたりに着ければよいかと訊ねると、「他の場所に行ってやってはいけないことは、しっかり教育しておこう」と言われたそうです。父親の態度も素晴らしいですね。それでも、文子さんは、これが悪戯ではないのかということを心配されたのですが、夫は、「もちろんいたずらではない」と言い、「描くなら徹底的に描け」とも言ったそうです。子どもの落書きを見て、ここまで、真剣に夫婦で話し合うこと自体が素晴らしいことです。そして、それが悪戯以上のものであることを見抜いたお父さんは素晴らしい判断力の持ち主でもありますね。
「問題は子どもがいかに興味をもつかということ、それに対して何パーセントの集中力をもって突進するかということ」が大切だとも述べられています。
また、以下のような言葉も素晴らしいですね。
「子どもを育てるのは子ども自身の自由を基本として、見守るという謙虚な考えに徹しなくては駄目なんだ」と。
そして、子どもたちが興味を示したピアノやバイオリンを、子どもが求めるように習わせていきます。
そして、文子さんは、子どもたちを育てながら、父母の介護、夫の看病などに真剣に関わられています。子どもたちの協力する姿も心動かされるものです。また、真理子さんのバイオリンの練習についても、そのサポートはすごいものがあります。とにかく、文子さんのエネルギーはすさまじいものがあります。これは、簡単にはマネできないかもしれませんね。
そして、千住家には厳しさもあります。特に父親は信念のある人で、息子二人が芸術家になりたいと言ったときに、芸大以外は、一切受けさせなかったとのことです。二人の子どもも死ぬ思いで、三浪して芸大に入っています。この点は、息子たちのすごさがあるのかもしれません。
親として、丁寧に見守る姿、子供の自発的な活動をサポートする姿。子供の周囲に歌やお絵描きや、物語が満ちていること。そして、真剣なコミットメント。これらが一流の芸術家を育てるには必要条件なのかもしれません。